作品情報
『聖地には蜘蛛が巣を張る』(22)でカンヌ映画祭女優賞を受賞したザル・アミールとイスラエル出身のガイ・ナッティヴが共同で監督した作品。イスラエル選手との対戦を避けるため、イラン政府から棄権を強要された女子柔道選手とコーチとの葛藤を描く。
『タタミ』レビュー
『聖地には蜘蛛が巣を張る』では、イスラム教が支配する国において、極度な信仰が生み出し、身勝手な正義を振りかざした殺人者を描き、自信もジャーナリスト役として主演を務めたザル・アミールと、ネオナチとも呼ばれる白人至上主義コミニティの闇を描いた『スキン』を手掛けたガイ・ナッティヴという、世界が注目する社会派監督が共同で脚本を務めた作品というだけで今回の東京国際映画祭において最大の目玉作品と言っても過言ではないだろう。
世界柔道のイラン代表とそのコーチが直面する問題を選手とコーチのそれぞれの視点、それぞれの立場、それぞれのバックボーンを交えながら緊張感たっぷりに描いていく。
ワールドカップに北朝鮮が出場した際に負けてかえると銃殺されるという噂が一時期飛び交ったし、実際のところどうなのかが明らかではないのだが、スポーツ大会の成績によって、選手やコーチ、関係者が何等かのペナルティを受けることがある国というのは本当にあるわけで、イランという国もどちらかといえばそういった危険性が伴う政治環境があるため、今作で描かれていることは、決して誇張されたものではない。
そう考えると日本のスポーツ業界がいかに平和かということも実感するはずだ。
勝つために出場してきたはずなのに、国情によって負けるように強要され、実際に国の家族や親せきにも命の危険がおよぶかもしれないという極限の状況下において、主人公はどうするべきなのだろうか。
柔道選手として自分の実力を出し切りたいというスポーツマン精神と物理的、心理的圧迫がぶつかり合うという、スポコンとポリティカルサスペンスの要素が融合した独特な作品である。
ただ主人公が自由になりたいと常に考えていたリベラルな思想の持主であり、自由というものが全くない政府や国に従うことへの反発心は伝わってくるし、その概念を突き崩す存在に自分自身がなろうとしているというのも伝わてくるのだが、スポコン部分でいうと、主人公がなぜ他のスポーツではなく、あえて柔道というスポーツに執着する理由があまり伝わってこないという点は気になる。
そのため主人公の心情に少し不明確な要素を残してしまい人間ドラマのバランスが悪い部分もあるのだが、それはあえてなのかもしれない。
国によって縛れているものの象徴ともいえるビジャブを脱ぎ捨てた主人公。そして同じ想いながらも国の圧力から選手たちとその家族、もちろん自分と自分の家族を守らなければならないとう重圧が常に押し寄せるコーチのとてつもない葛藤と緊張感は胃が痛くなるほどだ。
点数 85
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