作品情報
舞台は、南インド・ケーララ州最奥のジャングルに位置するとある村。さえない肉屋の男アントニが一頭の水牛を屠ろうと鉈を振ると、命の危機を察した牛は怒り狂い、全速力で脱走する。ディナー用の水牛カレーや、婚礼用の料理のために肉屋に群がっていた人々が、慌てて追いすがるも、まったく手に負えない。暴走機関車と化した暴れ牛は、村の商店を破壊し、タピオカ畑を踏み荒らす。アントニは恋心を寄せるソフィに愛想を尽かされ、自分の手で牛を捕まえて汚名を返上しようと奮闘する。農場主や教会の神父、地元の警察官、騒ぎを聞きつけた隣村のならず者らを巻き込み、村中は大パニック。一方、かつて密売の罪で村を追放された荒くれ者クッタッチャンが呼び戻されるが、猟銃を携えた彼は、かつてソフィをめぐっていがみあい、自分を密告したアントニを恨んでいた。やがて牛追い騒動が、いつしか人間同士の醜い争いへと大きくなっていく…。
『ジャッリカトゥ 牛の怒り』レビュー
今作は『グレート・インディアン・キッチン』同様に、南インドのケーララ州映画、「モリウッド」作品となっているが、今作の舞台となっているのは、さらにジャングルの方となっている。
「ジャッリカトゥ」とは、ケーララ州やタミルナードゥ州など、南インド周辺で伝わる牛追いの儀式的スポーツである。しかし、今作が描いているのは、その儀式そのものではなく、終わりゆくバカらしい風習、新時代を描いているようにも感じられた。
冒頭とラストに、黙示録の一説が引用されるが、ケーララ州は、キリスト教徒の多い地区でもある。
物語は肉屋の食用水牛が逃げ出したことから始まる。ケーララ州の村において、水牛は大切な食糧。解体されれば、こぞって村の人々が購入しにくる。明確には描かれていないが、カーストの名残りによって、購入できる部位や順番がある。
以前『くじらびと』というドキュメンタリー映画評でも言ったように、村やコミュニティにおいて、肉が通貨のように使用されているとまでは言わないまでも、今作においても水牛の肉は貴重なものだ。
そんな水牛が逃げ出したことで、村の人々がどんどん集まってくる。次々と登場してくるキャラクターたちが、長回しで映し出され、ゾンビ・シューティングゲームのように現れてくる。
先にキャラクターたちが紹介されるのではなく、牛を追いかけながら、それぞれの関係性が浮き彫りになっていくことで、牛とは関係ない争いまでも勃発する。
警察が本気では向き合ってくれないことからも、行政への不満、見捨てられた地方の怒りというものが、村人の怒りを加速させているようにも感じられる。
今作であるものに注目してもらいたい、それはスマートフォンだ。タミルの村や山、ケーララ州のようなひと昔前のような時代のまま時間が止まっているような場所であっても、若者や女性たちは、スマホを持っている時代になってきており、世界中のタイムリーな情報が手に入るようになっているのだ。
しかし、今作に登場する年配の男性たちは、ほとんどスマホを持っておらず、牛が逃げただけで騒いでいる。つまり男性は、逃げた牛に群がる単純な生物として描かれているのだ。何気ないことのように感じているかもしれないが、実はこれこそが今作が描こうとしているテーマのひとつだともいえるだろう。
いい歳した大人たちが、牛一頭逃げただけで大騒ぎしていて、しかもなかなか捕まえることができないバカバカしさと、古臭い風習が人々にもたらした愚かさを描いているのだ。
男性たちが古臭いプライドで動き、ことごとく牛に跳ねのけられる様子を女性や若者たちが、よそ事のように見ている。
捕まえた者が、村の頂点に立てるとでも思っているのか、自分の全てをかけて牛を捕まえようとしている。それをかっこいいとさえ思いこんでいることすらもメタ的に笑い飛ばしているのだ。
ケーララ州のように地方においても、インドの男性優位の古臭い概念は終わりつつあり、牛を追って捕まえる儀式を大切に考えているマインドさえも、今となってはバカバカしい。
もう長くなさそうな老人は、体力的に牛を追うことができないが、かつては、男性優位主義の世界に生きていたのだろう。しかし最期はひとりぼっちだ。
小さなコミュニティの中で、いくら英雄視されたとしても、死んでしまえば終わり。世界規模で見た場合、そんなくだらないプライドは、ノミみたいなものということだ。
右にならえ、左にならえで流される群衆のバカバカしに、冷静になって気づき、ひとりひとりが考えて生きるべきで時代に突入したという教訓にも感じられるし、偏ったメディアの情報に踊らされ、コロナ過でマスクやトイレットペーパーに群がる人々のメタファーのようでもあるし、そんな愚かなサイクルを人間は繰り返しているのだ。
点数 80
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