作品情報
世界三大映画祭の常連にして、世界中から新作を待ち望まれているフランス映画界の巨匠フランソワ・オゾン。監督最新作は、自身が17歳の時に出会い深く影響を受けたエイダン・チェンバーズの小説「Dance on my Grave」(おれの墓で踊れ/徳間書店)の映画化。描かれるのは、運命的な出会いを果たした美しき少年たちの、初めての恋と永遠の別れ。原作小説に感銘を受けた自身の10代当時の感情を投影しながら、少年たちの忘れられないひと夏の恋物語を鮮やかに映し出す。これまでにオゾンが描いてきた過激な恋愛描写は封印し、爽やかで瑞々しい極上のラブストーリーが誕生した。1985年夏のフランス、進路に悩む16歳の少年アレックスは、自然体で飄々とした18歳のダヴィドと出会い惹かれ合う。忘れられないひと夏を共にする2人の少年を演じるのは、いずれもオゾン自らオーディションで見出した注目の若手俳優。主人公のアレックス役を務めるのは、フェリックス・ルフェーヴル。あどけなさの残る顔立ちで、初めての恋の喜びと痛みに翻弄される16歳の少年を感情豊かに熱演している。アレックスと恋に落ちるダヴィド役には、バンジャマン・ヴォワザン。アレックスに愛を注ぎながらも、自由奔放でどこか生き急いでいるような、危うい18歳を繊細に演じ切った。二人は撮影前から意気投合し、劇中でも息の合った演技を披露している。色鮮やかでノスタルジックな映像美と、80年代ヒットソングの数々で彩られた、少年たちの美しくも儚い夏のひと時。狂おしいほどに互いを想う彼らの姿を、思春期の初恋の形として描き出した本作は、世界の名だたる映画祭で高い評価を獲得。第73回カンヌ国際映画祭でオフィシャルセレクションに選出、第15回ローマ国際映画祭で観客賞を受賞、第46回セザール賞では作品賞や監督賞など11部門12ノミネートされ、多くの映画人や観客を魅了している。予告なしに始まる胸の高鳴り、とめどなく溢れ出す愛おしさ、その存在が世界のすべてになるほど深く誰かを想う、生まれて初めての経験。愛する喜びと苦しさに身を焦がす少年たちの姿が、誰の心にも甘く切ない初恋の衝動を呼び起こす。
先取り版とは?
私、映画評論家バフィーがマスコミ試写で、いち早く観て評論する先取り版です。通常回では、公開日もしくは前後に更新していますが、毎週10本以上の新作を観ていて、量が多く大渋滞状態ということもあって、先取りもしていきます。
ダメな作品はダメと言いますが、基本的にネタバレを垂れ流して、映画自体を観なくてもいいような評論はしません。
『Summer of 85』レビュー

年間の映画製作本数がもともと少ないフランスではあるが、その中でも日本に輸入されてくるのは、ごくごく一部。それでもフランソワ・オゾンの作品では、日本では優遇されている。『8人の女たち』『スイミング・プール』といった作品の公開時期が、ミニシアター系作品ブームに直面していたことも要因として大きいのかもしれないが、今でも定期的に新作が公開されている、日本では数少ないブランド力のあるフランス映画監督であることは間違いない。
オゾンといえば、アートとドラマの中間を行くような、劇映画の印象が強いかもしれないが、80~90年にかけてはドキュメンタリーを多く手掛けてきており、長編デビュー作品も劇映画ではなく、1995年の『Jospin s’éclaire』(日本未公開)という作品だ。
日本でも公開された前作『グレース・オブ・ゴッド 告発の時』も、当初はドキュメンタリーで制作する予定だったのが、モデルになった事件の被害者団体から劇映画にして欲しいと頼まれたことで、劇映画に変更されたものだった。
2007年の3分しかない短編ドキュメンタリー『Laissez-les grandir ici!』は別として、約25年以上もドキュメンタリー作品を手掛けていない。
何が言いたいかというと、オゾンは特にここ数年で、原点回帰をしようとしている傾向にあるのだ。
今作もドキュメンタリーではないものの、オゾンが17歳の頃に出会い、深く印象を受けたエイダン・チェンバースの小説「おれの墓で踊れ」の映画化となっている。
自分の主張、マイノリティを作品として仕上げることで、世の中に発信できるかもしれないという確信に近づいた分岐点が、この作品に出合ったことであり、それをオゾンの手で映画化することで、オゾンが自分の作品のルーツを見つめ直すことに意味があるのだ。
オゾンは、自信が同性愛者であることを公表していて、そのマイノリティにおける問題や、自分自身が感じ、体験してきたものをストレートではなく、作品の一部分として、散りばめてきた監督ではあるが、今作ではそれがストレートであり、かつドラマチックにも美しくも表現されている。
映画では、舞台を1985年と設定としているが、原作の「おれの墓で踊れ」が発表されたのは、 1982年であり、モデルとなっているのは、さらに前の1966年に実際にあった事件だ。
実際にあった事件の詳細は別として、フィクションとしてコーティングされた「おれの墓で踊れ」においては、80年代だったというのに、その中で同性愛というものを特別視しておらず、そこにハードルを置いていないのだ。
同じ同性愛という点ニハードルを置かない作品としては、近年では『燃ゆる女の肖像』があったが、『燃ゆる女の肖像』の舞台は18世紀であっても、監督のセリーヌ・シアマが書き上げた脚本が元になっているだけに、現代において書かれたものである。
フランスだから、その点が寛容であったかというと、決してそうではなく、フランスでも同性愛婚が認められたのは、2013年であって、今でさえ偏見は強いというのに、80年代当時であれば尚更のことである。
悪い言い方をすると、逆にそこにハードルを置くことで、物語的にも、よりスリリングな展開にできたのかもしれない。
しかし、そこにハードルを置かず、あくまで「ひとつの恋」として描くことにオゾンが感銘を受け、自信の作品のルーツになったのだとしたら、「おれの墓で踊れ」という小説が存在していなかったとしたら、映画監督としてはデビューしていたかもしれないが、オゾンの独自性は違った方向に向いていた可能性も高いということだ。
全くハードルを置いていないかというと、実はそうではなくて、シンプルな男女の恋とは違って、同じマイノリティの中で、出会った仲間意識というものが、より互いの想いを奮い立たせたという、葛藤的な部分では、そういった要素も含まれているようであるし、多感な10代後半ということもあって、自分がまだゲイなのかバイなのか、それとも一時的な迷いからによるものなのかが、手探りな状態で築かれた人間関係が良くも悪くも、その後の人生に影響をもたらすということも同時に描かれているように感じた。
しかし、それは同性でなくても、同じ価値観や思想、宗教性などといった点でも、共通する部分がある。オゾン自信も今作を「世界共通のラブストーリーにしたかった」と語っていることから、人間同士が恋をすることは、少なからず何かしらの障害がある中で、同性愛というのも、単なるひとつの要素でしかなく、大切なのは、誰と、どのタイミングで出会うかということ。
近年、80年代を舞台とした映画が増えてきている背景としては、20~30代で映画業界に入った映画人たちが、世代交代によって、自分の意見を通せるようになり始めた今ということ。
それと同時に、オゾンも50代のように、意見を通せるようになる時期と、自信を見つめ直す時期が重なるからこそ、自分のルーツとなる80年代ブームが到来しているのだ。
CREDIT

監督・脚本:フランソワ・オゾン
キャスト:フェリックス・ルフェーヴル、バンジャマン・ヴォワザン、
ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ、メルヴィル・プポー
配給: フラッグ、クロックワークス
原題:Été 85/英題:Summer of 85/2020/フランス/101分/カラー/ビスタ/DCP/5.1ch/字幕翻訳:原田りえ
8月20日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開

点数 85


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