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インタビュー:『入国審査』アレハンドロ・ロハス&フアン・セバスチャン・バスケス

インタビュー:『入国審査』アレハンドロ・ロハス&フアン・セバスチャン・バスケス

作品情報

舞台はNYの空港、入国審査を待つ幸せなカップル。移住のビザも取得し、新天地で暮らす準備は万全だったはずが、説明もなく別室に連行され、密室での不可解な尋問が始まる。なぜ二人は止められたのか?審査官は何かを知っているのか?予想外の質問が次々と浴びせられる中、やがてある疑念が二人の間に沸き起こり……。

■監督にとって今作が長編映画としては初監督作品となります。今まで短編を撮られてきたからこその質問ではありますし、勿論、今作のような心理描写を詰め込むのは難しいかもしれませんが、ネタ本体としては、どちらかというと短編向きにも感じました。作品は、はじめから短編ではなく、長編で制作しようと思われていたのでしょうか?

ふたりで短編か長編か話し合って、長編だよね!という結論にいたりました。

そこに悩む時間はかかっておらず、かなりシンプルな決断でした。

■冒頭とエンディングで、ケヴィン・モービーの”コングラチュレーションズ”が印象的に使用されています。この曲はタイトルからはハッピーなのかと思いきや、実は謝罪を歌ったものでもあります。この曲を冒頭とエンディングでサンドしている意味は、はじめとラストではふたりに対する印象が変化するという理由からなのでしょうか?

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はじめと最後で違うフィーリングをもつという意味で共通すると思いました。

ディエゴとエレナは入国審査で様々な質問をされて、それに答えていくことでエンディングでは印象が変わってしまいますが、それは彼らが変わったのではなく、観客の見方が変わったのです。

アレハンドロ)

今回、わざとスコアは使っていません。その点はプロデューサー陣とも意見が対立した部分ですが、私たちはそれに拘りました。しかし印象的な曲は何か使いたいと思っていたました。

実はアルベルト・アンマン(ディエゴ役)がこの曲を提案しました。そして実際に編集室で曲を入れてみたら、見事に合致したのです。

■バスケス審査官は、エレナに対しては割と寄り添っていたように感じました。過去にパートナーに入国理由として利用された人たちを多く見てきたようなバックストーリーが見えるようでした。ローラ・ゴメスのキャスティングはどのように行われたのでしょうか?

バスケス審査官は、友人のように接しているような部分もありますが、バレット審査官がダンサーのエレナに対して”踊れ”という過剰な要求をしていた際に、それを止めようとはしていませんでした。つまりやり方が違うだけで、バスケスは決して味方ではないと明らかになるのです。バスケスのバックストーリーとしては、南米系の名前なので何代目かの移民家系のようであるにも関わらず、国際主義的なアメリカ人のように振舞っている。移民としてアメリカで生きていくために、そしてレイシストな同僚からリスペクトされるようになるには、厳しい言葉使いや行動で示していくしかなかったのではないかと想像しました。

そしてローラに関してですが、実は従姉が実際に入国審査官をしていて、従妹をベースに役作りをしていました。

もちろん「オレンジ・イズ・ニューブラック」などの作品に出演していることやアメリカと南米両方のカルチャーに精通していることも知っていました。ニューヨークに25年以上住んでいることから、警察組織の汚い部分も知っている。脚本を読んだ時点で、キャラクターのバックボーンを自然と理解したようでした。

■作中でエレナが水を欲しがる描写が何カ所かあったと思うのですが、これはドラッグ中毒者かと思わせるミスリードでしょうか? そのほかにも、あえて観客を怪しませる行動がいくつかありました。ちなみに飛行機の中でディエゴが口に入れていたのは何ですか?

水を欲しがっていたのは、水分補給やトイレといった、人間に必要不可欠なことさえも、その現場では規制されてしまうということを表現したものなのですが、バフィーさんのその考え方もなるほどと思いました。

ディエゴが口にしているのは、自然療法の不安感を落ち着かせる薬です。あえて何の薬かがわからないようになっているのは、まさにミスリードとしての演出です。審査官の前でも使っているところで違法なものではないことがわかるようになっています。

そのほかにも観客を疑わせるようなギミックは複数入れています。

その疑いの目自体が、今作の主張したい部分でもあって、この人は怪しい、何か裏があるのではないか、と思ってしまうと、その理由を探してしまう。国籍、見た目、セクシャリティなどからも探りを入れてしまって、結果的にそれがレイシズム的な方向に向かうこともあります。

■ディエゴの兄の存在が、会話の中や携帯の着信などでわかりますが、連絡をとることを気にし過ぎているようにも感じられました。答えられる質問であれば教えていただきたいのですが、ディエゴの兄は実在しているのでしょうか?それとも犯罪がらみの別の誰かなのですか?

兄は実在しています(笑)

乗り継ぎの間の時間で会おうとしていたことから、時間的な余裕がなくなっていくことへの焦りもあるのですが、兄の対応はディエゴのナイーブで、権力をもつ人の前では過剰に不安になってしまう性格を表現するために必要でした。

■ミスリードに若干流されてしまっている部分もあるかもしれないのですが、個人的にはディエゴがそのまま入国していいのかには不安が残りました。これはあえて疑いの目をもたせたまま終わることで、観客に委ねているのでしょうか?それともストレートにディエゴは白という認識でいいのでしょうか?

私たちとしては、ディエゴは結果的に無罪という認識のもとに制作しました。

ただ興味深いのは、バフィーさんが最後の方で、ディエゴは本当に大丈夫なのか?と思ったことです。最終的に国外退去になるか、入国できるかの判断は審査官によります。そこに言及しているようでおもしろい観方だと思いました。

■今作は監督の経験から着想を得て制作されていますが、日本に入国する際には、理不尽な対応などはなかったですか?

アメリカ旅行の際に、ベネズエラのパスポートで入ろうとしたら入国審査に引っかかったことが、着想元になっているのですが、今はスペインのパスポートを使っているため、ほとんど審査に引っかかることが無くなりました。日本にもスムーズに入れました。

ただ、アメリカのように日本も、特定の国に対しては目を光らせている部分も少なからずあるとは思うので、もしベネズエラのパスポートで入ろうとしたらスムーズに入れたかどうかはわからないですね。

入国審査というもの自体に不透明な部分が多いので、表に出てないだけで日本でもそういった経験をした人はいるかもしれません。

■入国審査や税関には、マニュアル化しきれていないアンバランスな部分もたくさんあります。とくに想定外の出来事が起きた際はなおさらです。例えば今作のなかで扱われていた第1次トランプ政権下における”トランプの壁”問題もそうですが、日本では3.11のときにも、日本人というだけで放射能汚染がされていないか過剰に調査する国もありました。何かが起きたときの国の対応は本当に様々です。そしてそこには人種に対しての偏見も当然ながらあります。映画化するにあたって、あえてこの時期を選んだ理由などはあるのでしょうか?

“あえて”という理由でこの時期を選んだというわけではないのですが、現在は第2次トランプ政権になっていて、過去に行ってきた、また現在進行形のものが、いかに非人道的であるかが、以前に増して浮彫りにはなっていますが、実は入国審査のルールや基準があったとしても、どこかアンバランスな部分があるというのは、トランプ政権のずっと前から変わってないのです。それこそオバマ政権であっても同じでした。

しかしバフィーさんがおっしゃられるように、審査官個人の意識の変化によって、偏見的な目が極端に強まる時期というのはあると思います。日本でも3.11のときにそうだったというのは、大変興味深いことを教えていただきました。

ありがとうございました。

〇作品情報

監督・脚本:アレハンドロ・ロハス、フアン・セバスチャン・バスケス

出演:アルベルト・アンマン、ブルーナ・クッシほか

2023年|スペイン|スペイン語、英語、カタルーニャ語|77分|ビスタ|カラー|5.1ch原題UPON ENTRY|日本語字幕 杉田洋子

配給:松竹 後援:在日スペイン大使館

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8月1日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国公開

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