作品情報
『スラムドッグ$ミリオネア』『ジュラシック・ワールド』のイルファン・カーン主演で、現代インドのお受験事情を笑いと涙を交えて描いたハートウォーミングドラマ。デリーの下町で洋品店を営むラージ・バトラと妻のミータは、娘を進学校に入れることを考えていたが、親の教育水準や居住地までが合否に影響することを知り、高級住宅地への引っ越しを決める。しかし、その努力もむなしく受験の結果は全滅。肩を落とす2人に、ある進学校が低所得者層のために入学の優先枠を設けているという話が舞い込む。追いつめられたラージとミータは優先枠での入学を狙うために貧民街への引っ越しを決行するが……。夫のラージ役をカーンが、妻のミータ役をパキスタンのトップ女優で本作がインド映画初出演となるサバー・カマルがそれぞれ演じる。
『ヒンディー・ミディアム』レビュー
2020年4月にこの世を去ってしまったイルファン・カーンが2017年に出演したインド映画だが、日本では2019年に一部劇場公開された作品。
一応はジャンルとしては、コメディではあるが、インドが抱える貧困と教育格差問題を扱った社会派な作品。
冒頭では、主人公夫妻ラージとミータのインド映画ならではのカラフルなラブストーリーが映し出される。その後、数年が経ったということにされてしまうし、映画の内容自体がラブストーリーではないため、不必要なシーンかと思ってしまうが、実はこのシーンの後に必要なシーンであったことに気づかされる。
冒頭のシーンはおそらく15~18歳といった設定だと思うが、15年後の30代になったラージを50代のイルファン・カーンが演じているという違和感は、とりあえず忘れてもらいたい。
イルファン・カーンが演じるラージは、父親が下町で仕立て屋を経営していた頃から仕事を手伝い、会社を大きくし、今では従業員も抱える会社の社長という成金である。
下町育ちとはいっても、立派な家具がたくさんあって、お手伝いさんもいる家に住むお金持ち。娘を進学させるために引っ越すことになり、引っ越し先もそれなりの家に住み成功者というイメージが強い。
しかし、そこで直面するのは、インドの教育格差である。
ラージは成功者であるが、家業を手伝ってきたことで満足な教育を受けてきたとは言えない環境で育ったため、子供をお受験させようとする、いわゆる代々続くエリートや富裕層の中では、かなり浮いた存在になってしまう。
その象徴的なものが英語であって、元々そういった環境で育った子供達は、小さい頃から英語を学んでいるため、大人は英語が話せるのだ。
下町育ちのラージとミータは英語を話すことができない。「スイミング」の綴りもわからないというレベルだ。
娘の進学を目指す為には、環境の違う親たちとも付き合わないといけないことから、ミータは無理に英語を話し、お受験コンサルタントを付けてあらゆる手で有名私立に入学させようとするが、上手くいかないし、どんどん孤立してしまう。
ただでさえ、倍率が高いというのに、そこを通過しても結局、親の経歴が見られてしまい、下町育ちや商売人は、いくらお金持ちといっても見下されて入学できない。
育ちで評価されてしまうインドの教育格差の負の連鎖からは、娘だけは抜け出させてあげたいという親は沢山いるが、実際には枠がそれほどないのだ。
枠から漏れてしまった子は、どうなるか…教育が満足に受けられないのである。
公立だって、学べるじゃないかと思うかもしれないが、親たちは私立ばかり入学させるため、公立に通うのは貧困層の子供達ということで、子供の頃から格差分断がされてしまい、将来的にその経歴がラージ達のように付きまとってしまう。イメージの悪い公立は資金も満足に回ってこないため、運営が厳しく、壁はボロボロ、子供達は床に座り、教科書も足りていない…荒む一方である。
どうしても有名私立に入れたいラージ夫妻は、低所得者層枠があることを知り、その枠で入れば親の経歴が関係なくなるということから、不正入学をしようとする。
しかし、年々低所得者枠を狙う不正入学者が絶えないという現状によって、学校側が本当に貧しい家庭なのかを調査することになってしまう。
その調査から逃れるため、ラージ夫妻は一時的に貧困層が暮らす住宅地に引っ越すが、そこで目の当たりにするのは、トイレの水は汲みに行かなくてはならない、お米は役人からの配給、家にはネズミが歩き回るという貧困の想像を絶する厳しさだった。
富裕層と貧困層のどちらの生活環境も体験したラージだが、圧倒的な違いは人の暖かさだった。
なんとか入学が許可されたラージ夫妻だったが、親切にしてくれた貧困層の人たちへの罪悪感から、公立校に支援しようとするがそこで知るのは、教育を満足に受けようが受けまいが、前向きに生き、様々な才能を持つ子供達の姿だった。
ここで冒頭のラブストーリーが活きてくる。
ラージがミータと出会えたのは、下町で育ったからであるし、ラージが成功したのも才能があったからでる。学歴よりも大切なことは、その人、その人の価値であるということだ。高度な教育を受けることで教育格差は出るかもしれないが、一方で富裕層は心の豊かさに格差が生じている。
お受験や格差社会を扱った映画やドラマは日本でも海外でも数多くあり、今や鉄板風刺ネタである。
国が違っても人は不条理な社会の現実に気づいてはいるのだが、その波に流されていくしかできない中で現状に立ち向かったラージの行動は、学歴格差社会の中では、とてつもなく小さい存在かもしれないが、人間の価値という点で大きな役割を果たしているのだ。
今作はインドや中国でヒットしたことから、2020年には、キャラクターの設定は変えいるがイルファン・カーン主演で同じく、英語で授業を行うことへの教育問題を扱ったコメディ映画『Angrezi Medium』が制作されたが、残念なことにこれがイルファン・カーンの遺作となってしまった。
これからの活躍が期待できるグローバル俳優だっただけに、残念でならない。
点数 85点
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