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第38回東京国際映画祭作品レビュー:10:『老人と車』

作品情報

監督/脚本:マイケル・カム

プロデューサー:ヨー・ジーチー

プロデューサー:タン・カンシェン

プロデューサー:アンジェリーナ・マリリン・ボック

撮影監督:ジェレミー・ラウ

美術:ジャヴィアス・トー

美術:エリン・チョン

照明:エリック・ダルマディ

編集:チャーリーベブス・ゴヘティア

録音/音響:チェン・リージェ

音楽:マイケル・アスマラ

出演:リム・ケイトン

クリスティン・ティアラ

リチャード・ロウ

ヴィンセント・ティー

82分/カラー/英語、中国語、福建語/2025年/シンガポール

© WAKING LIFE PICTURES 2025. ALL RIGHTS RESERVED.

【ストーリー】

妻を亡くしたばかりの老人は、息子と暮らすためにカナダへ移住する準備をするなかで、大切にしていた古い車を手放すというほろ苦い決断に直面する。トランスジェンダーの購入者との出会い、そして予期せぬ知らせを経て、老人は複雑な過去と向き合い、不確かな未来に立ち向かう。本作で特に印象的なのは、主人公である高齢の男性と、彼の愛車の購入に興味を持つ高齢のトランスジェンダー女性のふれあいで、ふたりは介護者だったという共通の経験に基づいて、深い感情的なつながりを築いていく。

癌で妻を亡くした、元教師のタンは息子家族の暮らすカナダに移住しようと、家具を処分し、家も解約手続きを済ませ、荷造りもしてあって、いつでも行ける最低限のもので生活している。あとは愛車であるシャンパンゴールドのベンツを売却するのみ。

近所に住むトランスジェンダーの女性が購入したいと言うものの、値下げの話が出た途端、拒絶してしまう。亡き妻が大学に進学する夢を諦めて買ってくれた車だからこそ、妥協したくないというのもあるのだが、どこかで手放したくはないという想いもあるように感じられる。

現在のシンガポールは空洞化が進んでおり、都市部のZ世代は盛り上がっているものの、郊外といえば老人や低所得者ばかりで、全く活気がなく、全体的にどんよりしている。向かいにはキリスト教のインド人女性が住んでいたりと、多言語が飛び交い、グローバルな感じがするものの、だからといって何かあるのかというわけでもない。そんなシンガポールの郊外を取り巻く空気感が、タンをより孤独にさせているのだ。

一方、娘はシンガポールに住んでいるが、仕事で忙しくしており、会いに来たと思ったら、お金目当て。だけど昔は幸せだった。妻とふたりの子どもの思い出がホームビデオの映像として映し出される演出は切ないし、時の流れの残酷さや人生の儚さを感じさせる。

賃貸の退去時期も迫り、予想より少ない金額で業者売却するしかなくなってしまうが、それでも、これでカナダに行けると思っていたら、息子から「少し待ってほしい」と連絡が。その少しというのが、どれくらいの期間なのかは言ってもらえず、おそらく当分先か、もう無理なのだと悟り、再び愛車を取り戻すことに。

行き場を失ったタンを偶然見つけたのは、車の購入に興味をもっていたトランスジェンダーの女性だった。はじめて本音が話せる相手に出会ったようで、そこには不思議な友情が芽生える。最後の最後にシンガポールで新しい思い出ができたタンは、何となく前を向いているようだった。

総合評価:80点

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