作品情報
若いルーマニア人夫婦のナタリアとジネルは、より良い生活を求めて西欧に移住するが、その夢は厳しい現実の前に破れる。困窮生活のなか、ふたりは美術館の絵画を強盗する企みに加担することになる…。
『トラフィック』レビュー
社会派な作品を得意とするルーマニア出身のテオドラ・アナ・ミハイの長編3作目。
長編デビュー作となったドキュメンタリー映画『Waiting for August』(2014)では、海外で働かなければならなくなった母親のかわりに、ルーマニアで6人の弟と妹たちを育てなくてはならなくなった、15歳の少女を通して、ルーマニアの社会格差を浮き彫りにした。
長編2作目となる『母の聖戦』(2021)は、第34回でも『市民』というタイトルで上映され、のちに劇場公開もされた。メキシコの悲惨な人身売買事情を、誘拐された娘の母の視点から容赦なく描いたスリリングな作品であったが、今作はテオドラの出身地でもあるルーマニアに舞台を戻し、夢敗れた若い夫婦の視点を通して、西欧と東欧との経済格差の問題に切り込んだ作品となっている。
過疎化が進み、若者たちは外国に出ていってしまった。そんなほとんど老人だけが住む村から、夢と希望を抱き、しばらくの間のつもりで幼い娘を実家の母のもとに置いて、オランダに出稼ぎに行った若い夫婦の物語。
しかし実際には、劣悪な環境の職場や賃金の不払い、外国人労働者差別など、想像とは違った環境が待っていた。日々の生活と借金の支払いだけがやっとで、娘と一緒に生活する余裕などない状態だ。
そんなときに、同じ村からオランダに出てきて、売春や闇バイトで稼ぐ悪友がもちかけてきたのは、絵画強盗。主人公夫婦は、裏社会にだけは手を出さないようにしてきたが、早く負のサイクルかに抜け出したいという心の揺らぎから手を出してしまう。
一点ものの美術品はすぐ足がついて、表では売買できないし、トラブルを恐れて裏でも取引きが難しい。しかも世間では大きなニュースになっていて、盗品であることが公表されてしまっている。
オランダでの売買は難しいと感じ、とりあえず絵画を隠すために実家に帰国したことで、日々を繋いでいた職も無くなってしまい、早く現金化しなくてはと焦り、地雷を踏む。
貧しい環境で育った時点で、すでに貧困のルートが決まっており、そこからはどうあがいても簡単には抜け出せない。抜け出せるとしたら、危ない橋を渡って一攫千金でもするしかない。
そんな貧困状態が犯罪者を生み出してしまうサイクルそのものを描いている作品は多くあるが、今作が難点なのは、救いや、この作品ならではの回答というものがあまり感じられないことだ。どうすることもできない現実……というような着地点は、ちょっと投げ過ぎた結末に思えてしまう。
ちなみに冒頭で、カイジの利根川のような「私はお前たちのお母さんじゃない!」というセリフというか、字幕があったのも印象的だったが、字幕を付けた人がカイジ好きだったのだろうか……
点数 78
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