作品情報
本作が描くのは、“ニトラム”と呼ばれた青年の〈生活〉と〈彷徨〉の日々。母は彼を「普通」の若者として人生を謳歌してほしいと願う一方、父は将来を案じ出来る限りのケアをしようと努めている。サーフィンに憧れている彼は、ボードを買うために庭の芝刈りの訪問営業を始める。そんなある日、ヘレンという女性と出会う……。
『ニトラム NITRAM』レビュー
『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリー・ギャング』でも、オーストラリアにおいてヒーローのように崇められているネッド・ケリーを、ここぞとまでに人間臭く描き、選択や衝動的行動によって、進む道が変わってしまうことを皮肉的に見せていたが、今作も皮肉に満ちた作品だと言えるだろう。
今作の最大の皮肉は、主人公ニトラムの静かに育ち行く狂気を手助けしたのは、オーストラリアの銃規制そのものだったということだ。
今作は、オーストラリアで1998年に起きた銃乱射事件の犯人をモデルとした作品であり、最終的な着地点が、観る前からわかってしまっている作品ではあるが、だからこそ、そこに至るまでの、様々な出来事や、阻止できたのであろう分岐点をスルーしていくこと
ニトラムは少年時代から、危険な行動をする存在として、周りが避けてきていた。それは母も同じであったが、父だけは、そんなリトラムを理解しようとして、それをニトラムも感じとっていた。そんな父に起きる悲劇もニトラムを狂気に走らせた原因でもある。
またニトラムが偶然出会う、母親ほど歳の離れた女性ヘレンの存在も大きな影響をあたえている。ニトラムとヘレンの関係性は、恋人同士というわけではなく、資産家のヘレンが一方的にニトラムに貢ぐという独特の関係性ではあるが、そこには、少し変ではあるものの、友情が確かに存在していた。そしてヘレンにも悲惨な結末が待っている。
途方にくれたニトラムが、銃に手を出していく過程がじわじわと描かれていくのだが、登録のないニトラムが、どうやって銃を手に入れるかというと、ここがオーストラリアの銃規制のおかしなところであって、拳銃は登録が必要だが、ライフルやショットガンを購入するのには、登録は必要なく、お金さえあれば購入できてしまうということ。
ここで大量の銃を手に入れるニトラムだが、それを入手後の目的も考えず、爆買い中国人を扱うように、気前よく銃弾もサービスする始末の店員。
ニトラムにとって、銃乱射にまでに至る複数のトリガーは、彼の生い立ちや、人間関係といったバックボーンが多く関わっているわけだが、最終的に後押ししたのは、オーストラリアのゆるすぎる銃規制そのもの。目的不明の怪しい青年に銃さえ販売しなければ、もしくは通報していれば、ここで防げたかもしれないのだ。
様々な環境において、問題やトラウマを抱えている人間というのは多いというか、問題を抱えていない人間の方が珍しい。その中で、全てを壊してしまいたいという衝動にかられる時もあるかもしれない。
しかし、それが実際にできない環境におかれているからこそ、一度踏みとどまることもできる場合も少なからずあるということ。結局のところは、それぞれ個人の問題、個人の責任において、その壁を突破してしまう者もいるだろうが、今作のように、防げたかもしれない事件を観るのは、非常に辛いものがある。
事件後、20年以上が経つ今でさえ、銃規制のゆるさが、あまり変わっていないというのも酷い話ではあるが、今作は、そんな制度に警鐘を鳴らす側面も持った作品といえるだろう
点数 80
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