作品情報
テヘランの牛乳工場に勤めるミナは、夫のババクを殺人罪で死刑に処されたシングルマザーである。刑の執行から1年が経とうとしている今も深い喪失感に囚われている彼女は、聴覚障害で口のきけない娘ビタの存在を心のよりどころにしていた。ある日、裁判所に呼び出されたミナは、別の人物が真犯人だと知らされる。ミナはショックのあまり泣き崩れ、理不尽な現実を受け入れられず、謝罪を求めて繰り返し裁判所に足を運ぶが、夫に死刑を宣告した担当判事に会うことさえ叶わなかった。するとミナのもとに夫の友人を名乗る中年男性レザが訪ねてくる。ミナは親切な彼に心を開いていくが、ふたりを結びつける“ある秘密”には気づいていなかった…。
『白い牛のバラッド』レビュー
夫ババクが処刑され、それが冤罪であったことが明らかとなるが、すでに夫はこの世にいない。夫の友人を名乗って現れる男レザは、親切で新しい住居の世話までしたくれた。ミナはレザの親切に感謝しているが、実はレザこそが、夫に死刑の判決を下した判事だったのだ。
死刑になったのであれば、それがたとえ冤罪であっても、神が決めたこと、導いたものとして、過ちを認めない。
事務的に処理され、賠償金は支払われる。しかしミナは、ただ過ちを認めて謝罪してほしい。それは自己満足でしかないかもしれないが、ミナにとっては唯一、夫が救われ、自分自身が救われると信じている。
イラン本国で上映禁止になった理由は、恐らくここにあるのだろう。イランという国は、宗教が支えている国であるだけに、過ちだったと認めさせること、謝罪させることは、神の決定が間違いだったと認めることでもあったからだ。
だからこそ、行政や国としては、謝罪をすることが許されない環境下において、ミナの行動は神への冒涜とも捉えられてしまう。国民性と言ってしまえば、それまてかもしれないが、国や宗教、人種が違っていても、人が人を想う気持ちというのは、どこでも変わりはない。
レザも言葉にできない罪悪感から、ミナに近づいて、少しでも助けになればと親切にするが、それはそれで、未亡人になったばかりなのに、家に男を連れ込んでいるという噂をされて、家を追い出されてしまう。
父親が死刑になったことを知らなかった娘も、次第に父親がもう戻らないことを悟っていくが、幼いながらミナの気持ちを察して、あまり追及しない。静かに娘との時間を過ごすミナと娘の姿がなんとも切ない……。
イランの「裁判制度、死刑制度を変えろ!」というような革命的な物語では決してなく、その事実を受け入れて、前向きに生きることしかできないという、何とも言えない違和感を残す作品ではあるが、これは現実にあり得ることで、おそらく今後も変わらないのだろう…..
点数 80
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