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この映画語らせて!ズバッと評論!!『リトル・ガール』思考が発達しきれていない幼い子どもの選択は本当に本人の意志なのだろか……という疑問!!

この映画語らせて!ズバッと評論!!『リトル・ガール』思考が発達しきれていない幼い子どもの選択は本当に本人の意志なのだろか……という疑問!!

作品情報

フランス北部、エーヌ県に住む少女・サシャ。出生時、彼女に割り当てられた性別は“男性”だったが、2歳を過ぎた頃から自分は女の子であると訴えてきた。しかし、学校へスカートを穿いて通うことは認められず、バレエ教室では男の子の衣装を着せられる。男子からは「女っぽい」と言われ、女子からは「男のくせに」と疎外され、社会はサシャを他の子どもと同じように扱わない……。トランスジェンダーのアイデンティティは、肉体が成長する思春期ではなく幼少期で自覚されることについて取材を始めた監督は、サシャの母親カリーヌに出会った。長年、彼女は自分たちを救ってくれる人を探し続けて疲弊していたが、ある小児精神科医との出会いによって、それまでの不安や罪悪感から解き放たれる。そして、他の同じ年代の子どもと同様にサシャが送るべき幸せな子供時代を過ごせるよう、彼女の個性を受け入れさせるために学校や周囲へ働きかける。まだ幼く自分の身を守る術を持たないサシャに対するカリーヌと家族の献身、言葉少なに訴えるサシャ本人の真っ直ぐな瞳と強い意志が観る者の心を震わせる。

『リトル・ガール』レビュー

これを観て性別を選択する自由とか、多様性を扱った作品と感じるのは、少し違っている。

日本でも女の子を望んだ親がエゴで小さいときに女の子の格好をさせたりしていたというエピソードが微笑ましいもののように扱われることがある。これは現代においては、非常に問題だということ。

「女の子か産まれてくることを望んでいたから自分の責任かもしれない」という母親の苦悩も描かれてはいるが、そんなことは現実的ではない部分の話であって、サシャという男女兼用の名前を付けたことや、意識的に女の子のような格好をさせていたのではないかという根本的な疑問点に関しては、ややぼかされていることには疑問が残る。

子どもが自ら性別に違和感を感じるのではなく、そこに誘導してしまっていたのだとしたら、これは完全に親の責任でしかない。

一昔前なら、固定概念によって、男は男、女は女になる。男は女と付き合い、結婚して子どもを育てる。根底にこういう意識があるからこそ、同性に揺らいでしまった際に、自分がおかしいと軌道修正する。ところが今は軌道修正する必要がない、自分を受け入れればいいという風潮。

しかし、これも自分は同性愛者なんだ、クィアなんだと意識に向かわせてしまうが、それは本当に何にも誘導されていない自分の決断といえるのだろうか。
そういう意識が芽生えたら、同性愛者だという固定概念も同時に存在してしまっているのだ。

特にまだ考え方が構築途中の幼い子供に対して、多様性という位置づけにしてもいいのだろうか?という問題もある。

子どもの勘違いや思い込みを多様性として手助けすることで、それが本当の自分の気持ちと錯覚させてしまうこともある恐ろしさがあることに気付いた人はどれだけいるだろうか?

親がかなり複雑な心境であることは痛いほど伝わってくるが、これを美談のように語っていいのかは疑問が残る。

子育てこそが、親による洗脳だということが大前提として、多様性がもたらす未来への不安も感じてしまった。人間はどうしたらいいのだろうか……

点数 75

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