作品情報
組織犯罪に巻き込まれて行方不明になった娘の行方を捜すシエロは、凄惨な実態を目撃して…。ルーマニアの女性監督がダルデンヌ兄弟のプロデュースによりメキシコで撮影した作品
『市民』レビュー
その日は突然訪れた。いつものように家を出て、彼氏とデートに出かけたはずの娘が誘拐され、そのバックには誰か黒幕がいるようだ。と、ここまでの流れが、ドラマ性をあえて演出せずに自然に描かれる。これはメキシコにおいて人が連れ去れていなくなることが日常的に起こりうるということを表しているのだ
メキシコ軍や警察がいるにも関わらず、治安は良くならない。逆に軍や警察に知らせたことがバックにいる麻薬カルテルや人身売買組織に知られてしまうこともあるという緊張感の中で、どう行動に出たらいいか迷ううちに時間だけが経過していく。身代金を支払っても娘は帰ってこない。
仕方なく警察に行くものの、そこには行方不明者の張り紙がびっしりと壁一面を覆っている。被害届を出しても、件数が多すぎて順番に処理している間に手がかりが見えなくなっていってしまうという負のサイクルを繰り返している状況で母が立ち上がる。下手に動けば命の危険があるため、誰も協力してはくれない、誰も信じられない状況の中で、母が娘を助けたい一心で手掛かりを見つけようと奮闘していく。
アクションやサスペンス映画で度々、治安の悪い場所として登場するメキシコ。近年だと『ランボー ラストブラッド』でも父親を捜しに行った娘が悲惨なことになってしまう。そういった外部からの目線として描かれることは多いが、住んでいる人たちもやはり危険の中で生活しているということなのだ。
日常生活の延長線上で頻繁に犯罪が繰り返されているという「市民」の目線が斬新な作品であり、首だけの死体、首しかない死体がゴロゴロと転がっている死体安置所などにも足を踏み入る。
情報を集めていくうちに、いつしか事情通になっていく中で、犯罪組織を撲滅したいと考えているメキシコ軍が近づいてきて共同作戦になっていく流れは、アクション要素、エンタメ要素といった側面も感じさせるが、それでは消費でききれない歯切れの悪さや人間ドラマを落とし込んでいるところが印象的である。
今作は実話がベースになっている作品だが、メキシコと聞くだけで、それに納得できてしまうというのもおかしな話。メキシコという国が暴力や犯罪と権力によって支配された特殊で大きなコミュニティのような構造となっていて、それがフィクションの枠を大幅に超えてしまっているということを感じずにはいられないのは、やはりヒーローや警察ではなく、一般市民の目線から描いたことで、より色濃く感じられた要因だ
点数 88
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