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この映画語らせて!ズバッと評論!!『ブックセラーズ』物欲主義の喪失を食い止めるバイヤーたちの偏愛と闘いの記録!!

この映画語らせて!ズバッと評論!!『ブックセラーズ』物欲主義の喪失を食い止めるバイヤーたちの偏愛と闘いの記録!!

作品情報

世界最大規模のニューヨーク・ブックフェアの裏側からブックセラーたちの世界を捉えたドキュメンタリー。業界で名を知られるブックディーラー、書店主、コレクターや伝説の人物まで、本を探し、本を売り、本を愛する個性豊かな人々が登場。さらに、ビル・ゲイツが史上最高額で競り落としたレオナルド・ダ・ビンチのレスター手稿、「不思議の国のアリス」のオリジナル原稿、「若草物語」のルイザ・メイ・オルコットが偽名で執筆したパルプ小説といった希少本も多数紹介する。マーティン・スコセッシが製作するドキュメンタリーシリーズ『都市を歩くように』でもお馴染みのニューヨーク派の作家フラン・レボウィッツが辛辣ながらユーモアあふれる語り口でガイド役を務め、『カフェ・ソサエティ』『プッシーキャッツ』などの女優パーカー・ポージーが製作総指揮とナレーションを担当。

『ブックセラーズ』レビュー

何の本かもわからないが、とにかく本棚にぎっしり詰まって、何なら入りきらずに本棚の外側にも山積の状態を見ただけで嬉しくなってしまうような物欲主義な人は必見の作品。

アメリカ最大のブックフェスのひとつである「ニューヨーク・ブックフェア」に集ったブックセラーたちに迫ったドキュメンタリー。

見たこともないような珍しい本の数々や、それにまつわるエピソードを聞いているだけでも楽しくなってきてしまう。何も考えないで希少本ギャラリー的な観方をしてもおもしろい作品である。

今作のプロデューサーであるダン・ウェクスラーは、映画プロデューサーでありながらも、自身もブックセラーとしての顔もあることから、単におもしろ希少本を紹介していくようなごきげんなドキュメンタリーではなく、ブックセラーが抱えている問題も浮き彫りにしていく。

大泉洋主演の映画『騙し絵の牙』では、出版社内部からの紙本離れが描かれていたが、今作は同じ「本」というものであっても、かなり特殊な視点である。

日本でも神保町なんかに行くと、今でも古書を扱う書店が多く存在していて、今作の中にも「かげろう文庫」の店主・佐藤氏が登場する。

それこそ価値のある本は何十、何百万円するものも珍しくないという特殊な市場ではあり、古本といえば定価以下があたりまえなブックオフ脳の一般現代人にとっては、馴染みがない。

そんな何十、何百万円、中には何億するような本を買う人がいるのかというと、いるから成立している市場であり、実は需要と供給のバランスという点では、一般的な書店よりはマシなのかもしれない。

ネットの普及によって、年々書店が閉店し続けている。新型コロナの追い打ちによって、町の個人書屋は、もはや絶望的である。大手でさえ利幅の少ない業種、1冊数百円の利益の新刊本しか扱えない分、在庫を大量に抱えて、ただ回すだけの自転車操業である。今回のような異常事態では歯車が狂ってしまうし、支援があったとしても、その先、その先と考えると、もう白旗を上げてしまうところも多いのではないだろうか。

今作でもネットの普及や、人々の本に対する価値観が変わってしまったことが市場が衰退している原因のひとつとして挙げられているが、ネットの普及によって、及ぼした影響というのは、 私も物流の流れをリアルタイムで感じてきた一人として痛いほどわかるからこそ言えることたが、いくつかの波があったように思える。細かい波は頻繁にあったが、大きく区別すると2つだろうか。

日本の場合は、また少し違っていて、ブックオフ等リュース店の影響もある。アメリカにもブックオフは2000年に進出していて、2021年現在で10店舗ほどあるが、現地の日本人をターゲットにした店舗が多く、20年で10店舗ほどしかなく、規模も小さいことを考えると、リュース店はアメリカの古書市場においては、あまり大きな影響とはなっていない。

あくまでアメリカ市場においての第1波は、どこに住んでいたもオークションサイトで価値のある本でも簡単に探せるよになったことである。これによって、ブックセラーではない個人が市場価格に影響を及ぼすようになってしまった。しかし、この時点では、ネットとの共存によって、生き残る術というのは、まだまだ存分にあった。

第2波というのは、Amazonの地位が向上し、電子書籍というものが普及したことである。これによって、紙本を所有するという概念が崩れてしまったように思える。最大規模の音楽ソフト店であったタワーレコードもアメリカでは、ダウンロード販売の普及によって、2006年に倒産している。

映像ソフト市場戦争を征したのも、当時多くの店舗と大量の在庫を所有していたブロックバスターではなく、いち早く配信サービスにシフトしたNetflixであった。

こんまりの著書「人生がときめく片付けの魔法」がベストセラーとなり、『ハッピー・オールド・イヤー』『100日間のシンプルライフ』などの作品でも扱われている、物を持たない「ミニマリスト」という概念が今でこそ浸透しているようにも思えるが、実はアメリカ人自体、もともと物を所有するという概念の壁がユルいのかもしれない。

今年、Instagramでニューヨークの街中におかしなものが捨てられているのを投稿した「Stooping NYC」 というアカウトが話題となっていたが、ニューヨークでは、マンションやアパートの前の道なんかに、いらなくなった家具を置いておくと欲しい人が持っていくという「ストゥーピング」という文化がもともとあることなどを考慮しても、やはり物を所有するという概念は、揺るぎやすいのだろう。だからこそ『ノマドランド』のような生活スタイルも受け入れやすいのかもしれない。

もともと物欲概念が薄いアメリカで長年営業し続けてきた、古書店にとってもネットの影響は大きいだろうが、それより怖いのは、世代交代でユーザーがいなくなってしまうことだろう。

そもそもがネットを頻繁に使用するようなライトな世代をターゲットにしておらず、本のコレクターというのは、それなりの余裕のある年配者もしくは海外転売バイヤーが多い。これは日本における古書や骨董品市場も全く同じである。ネットの普及は、全体的に見れば市場価値自体を下げてしまったかもしれないが、使い方によっては、共存も可能な範囲内であるような思える。

今ままでは、この特殊な固定客層が一定の市場のバランスを保っていたが、
物を所有しないという概念がを刷り込まれている若い世代が、60代、70代になったときに、古書や骨董品をするかというと…絶望的だろう。

今作には、『アメリカお宝鑑定団ボーンスターズ』でお馴染みのレベッカ・ロムニーや店舗を持たず今の時代に適応したアダム・ワインバーガーといった若手のブックセラーも何人か登場するが、ユーザーがいなくなってしまってはどうにもならない

1994年から放送が開始され、骨董品ブームからその衰退を耐え抜いて、今でも一定層には根強い人気の『開運!なんでも鑑定団』も、あと10年後も放送が続くかというと、難しいのではないだろうか。

タワーレコードもレンタルチェーンも、未だに存在できていることからもわかるように、比較的、物欲主義が強い日本人が今作を観て、心に刺さるものがなくなってしまっているとしたら悲しすぎる。

そんな物欲主義の強い日本人であっても、新型コロナによる第3波が価値観や概念を変えてしまうだろう。時代の流れや産業革命などによって、失われてしまうものは今までにも数えきれないほどあり、そして新たな概念が生まれることの繰り返しだ。

今までにも様々なものをそぎ落としてきた私たち人間が、自ら急いでスマートやシンプル化に意識を移行していくべきなのだろうか…デジタル化が進んでいる今であっても、やはり本は紙のものが良いし、音楽も円盤が欲しいと思う。こんな考え方は古いと言われれば、その通りかもしれないが、何だか忘れてはいけない、手放してはいけない人間の大切な価値観のひとつであるようにも思えるのだ。

実は今作において、同じような価値を見出すものでありながら、扱われていないものがある。それはコミックだ。

今作で扱われている希少本同様にコミックもスーパーマンやスパイダーマンといったヒーローの初登場エピソードや記念号は、今でもかなりの高額で取引きされている。『コヨーテ・アグリー』の中でもパニッシャーが初登場した「The Amazing Spider-Man #129 」を高額で手に入れるエピソードがあったし、ニコラス・ケイジも今でこそ度重なる離婚によってできた借金でかなり売り払ってしまったが、かつてはコミックコレクターとして知られていた。

古書を扱っているブックセラーの中には、「コミックなんて論外」と言う人も少なくない。価値がある本なら何でもというのであれば、当然ながらコミックも対象として見て何もおかしくないのだが、そこに一線を置いていることからわかるのは、何でもお金になればいいという考えではなく、ブックセラーひとりひとりがビジネスという考えの前に、そもそも本を愛して、拘っているという証拠なのだ。

点数 85

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