作品情報
『イット・カムズ・アット・ナイト』のトレイ・エドワード・シュルツが監督・脚本を手がけた青春ドラマ。ある夜を境に幸せな日常を失った兄妹の姿を通し、青春の挫折、恋愛、親子問題、家族の絆といった普遍的なテーマを描く。フロリダで暮らす高校生タイラーは、成績優秀でレスリング部のスター選手、さらに美しい恋人もいる。厳格な父との間に距離を感じながらも、何不自由のない毎日を送っていた。しかし肩の負傷により大切な試合への出場を禁じられ、そこへ追い打ちをかけるように恋人の妊娠が判明。人生の歯車が狂い始めた彼は自分を見失い、やがて決定的な悲劇が起こる。1年後、心を閉ざした妹エミリーの前に、すべての事情を知りながらも彼女に好意を寄せるルークが現れる。主人公タイラーを『イット・カムズ・アット・ナイト』のケルビン・ハリソン・Jr.、ルークを『マンチェスター・バイ・ザ・シー』のルーカス・ヘッジズがそれぞれ演じる。
『WAVES ウェイブス』レビュー
ミュージカルを超えた「プレイリスト・ムービー」なんて売り文句ではあるが、全体的に音楽が映像に塗り込まれていて、音楽と映像が分離していないことを良い部分としてとらえるか、悪い部分としてとらえるが評価は分かれるのだろう。
ミュージカルという言葉を使いたくないのか、ソフトミュージカル的な作品に対して「プレイリスト・ムービー」と言っているのかとも思ったのだが、実はそこまで「音楽」自体に軸を置いた作品ではない。
またケルビン・ハリソン・Jr.の絶望的な歌唱力による車内シーンから始まるだけに、この歌唱力でミュージカルなんてやめてくれ!と思うかもしれないが、そこは安心してほしい。その悪夢はすぐに終わってくれる。
間違いなく、今作のエッセンスやスパイスとして「音楽」が機能しているし、監督自身もインタビューなどで、「まず使用する楽曲のプレイリストを作成し、楽曲から受けたインスピレーションをもとに脚本を執筆した」と語っている通りではあるが、それは「音楽」によって形成されているドラマではなく、ドラマの内容を想定しつつ「音楽」をはめ込んでいったというものでは完成されるものが違ってくるのだと思う。
それが今作は絶妙なラインで「音楽」と「ドラマ」が一体化していて、良い意味で「音楽」を「音楽」として分離した形で感じさせない、ごく自然に感じられるのだ。
だからこそ、逆に意図してドラマパートと音楽パートを分離させる構造の定番ミュージカルや音楽ムービーと想定して観ると失敗する作品であるのだが、作品で描こうとしている、繊細であり残酷なテーマ性と「音楽」と同様に所々に映し出される海だったり、パトカーのランプの光などを巧みに使ったアート的な映像美が幻想的にも機能していて、決して「音楽」に引っ張られてノリだけで作られたような、アートって言えば成り立つでしょ!と言わんばかりの強引なアート映画では決してないことだけは断言しておきたい。
今作を大きく2つのパートとして分けると、父親からの圧力や継母との関係性もありながらも、充実したエリートリア充人生からの転落するタイラーの物語と兄の起こした事件によって、日常にあったものが奪われるが、その中で触れる優しさからの再生をしていくエミリーの物語。
つまり人生には波があり、良い方向から悪い方向に動く波もあれば、逆に悪い方向から良い方向に動く波もあるという、ときには別の波の余波が影響をもたらすこともあるということを、同じ家族という形態の中でも容赦なく起きてしまうという、家族だからこそ起きてしまうという現実の残酷さがタイラーとエミリーによる2つの視点を通して描かれているのだ。
実は普遍的なテーマであり、逆に言えばありがちなドラマではあるのだが、確実に「音楽」と「映像美」によって、大きく差別化に成功している作品である。
出演者としては、『エスケープ・ルーム』『ロスト・イン・スペース』などに出演する若手女優エミリー・ラッセルの可愛らしい表情にも注目してもらいたい。
点数 80点
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